BOOK

『浅井健一 処女作品集「SHERBET STREET」』  / Sexy Stones Records

流通経路をはずれた小説。

イラスト集であり、小説集であり、10曲入りのCDとポスターまでついている。著者はカリスマ的ミューシャン(今年解散したブランキー ジェット シティのギター&ボーカル)であるから「ぜいたくな装丁のCD(5,800)」と考えるのが自然かもしれない。しかし、CDをつけるアイディアはあとから決まった、と本人がラジオ番組で語っていた。この商品の本質は、絵なのか、文字なのか、音なのか。そして一体どこで買えるのか?
 
一般に、型破りで面白い形態の本は、部数の少ない(ことが稀少価値にもなる)アート本というジャンルに多くみられるが、デザインが優先されるあまり、日本語の文章が軽視されることが少なくない。
 
しかし「SHERBET STREET」はちがう。浅井健一は、もともと日本語へのこだわりを強く感じさせるアーティストなのだから。さっそくCDを聴きながら絵を眺め、小説を読んでみると、多才な彼の作品世界が、ゴダールの映画のように立体的に迫ってくることがわかる。とりわけ小説の部分は異色で、紙も印刷も、そこだけ懐かしい匂いがする。水色の文字の中で、彼の感性は、編集者のチェックなど受けず、生々しい無垢な形のまま自由な翼を広げているように感じられる。
 
CDをエンドレスでかけながら、いつまでも読んでいたい絵本。終わってほしくない物語。ネット上のBOOKストアでは見つからなかったが、ネット上のCD ストアで買えた。

2000-10-29

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『命』 柳美里 / 小学館

スキャンダルを超える執念。

読むつもりはなかった。著者が赤ん坊を抱いている写真が、本の表紙や広告に大々的に使われていたからだ。彼女が、そしてこの本がふりまくスキャンダラスなイメージは、読もうという私の意欲を萎えさせた。しかし、一方では、このような特異なイメージ戦略こそが、部数の伸びに貢献しているのだろう。
 
ついに読み始めた理由は、朝日新聞に掲載された橋爪大三郎氏の批評が忘れられなかったからだ。橋爪氏はこう書いていた。 「現実の人間関係をそのまま<物語>として公表していいのかという問題がある。赤ん坊の父親は匿名だが、写真週刊誌の餌食(えじき)になりそうだ。彼は自業自得でも妻は大きな痛手を被ろう。ほかにも傷つく人びとが大勢いるはずだ。これ以外になかった柳さんの必然は必然なのだが、心の痛むことである。」(朝日新聞2000/7/30「ベストセラー快読」より)
 
実際に、この小説のせいで傷ついた人がいるのだろうか? それは、登場した(orさせられたorさせてもらった)当人たちの判断に委ねるしかない。ただ、ここに書かれた内容は、柳美里や登場人物に関する予備知識がまったくない、まっさらな読者にさえ「すべて事実なんだ」と信じさせる重みをもっている。
 
もっとも傷つくのは著者自身かもしれない。それでも彼女は書く。何を言われようが書く。そのことに打ちのめされ、勇気づけられた。親しい人と闘うことや孤独になることを、彼女は恐れていないのだ。この本は、表面的にはあざとさを感じるが、中身には、それだけでは片付けられない非凡な執念を感じた。
 
「子供を産んでも保守的にならない柳美里」は、今後どのように子育てをし、その子はどう育つのか?

2000-10-26

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『iモード事件』 松永真理 / 角川書店

成功しても失敗しても、彼女は輝く。

私はハッピーエンドが嫌いだ。となると、タイトルとラスト1行があまりに予定調和なこの本は、いかがなものか?ということになる。だいたい、タイトルを見ただけで「iモードという一応の成功をおさめた事件」に関する話であることは明らかなのだ。

それでも私は、この本を興味深い私小説として読んだ。一見「困難を乗り越えてiモードを成功に導いた女性の話」だが、そこから浮かびあがるのは「たとえ成功しなかったとしても、めげなかったであろう女」の姿だ。松永真理は、他人の評価の中で生きていない。「自分が納得できているか?」というのが彼女の基準だ。だから、仕事の区切りがつけば、組織を去っていく。

それにしても、これほど大変な思いをしなければならない「仕事」って何だろう?と、空しくなってくるのも事実。読後感は、ちっともハッピーエンドではないのだ。

この本の最大の美点は、iモードの宣伝になっていないところである。むしろ「iモードって大丈夫なの?」とネガティブな印象すら抱いた。長い目でみると重要な部分が、あっさり妥協されているのである。そして、それが「期間限定の仕事の空しさ」にもつながる。
 
しかし、彼女は、ちっとも空しさなんて感じていないようだ。いつだって、自分が納得できることを、納得するようにやりとげているからだ。iモードはいまいちでも、松永真理は輝き続ける。

2000-10-23

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