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『半島を出よ(上・下)』 村上龍 / 幻冬舎

生きのびる男は、だれ?

女性専用車両というのはどうかなと思う。
電車の中には痴漢男もいるが、痴漢をつかまえてくれる勇敢な男もいる。そもそも電車というのは痴漢よりもコワイことが起こりうる危険な密室なのだから、痴漢男と一緒に勇敢な男まで排除するのは本末転倒。女性専用車両をつくるなら、せめて各ドアにマッチョなボディガードを配置してほしいものだ。

・・・などと思っていたが、こういう認識は甘すぎるなと、この小説を読んで思った。
誰にも頼らずに、自分で戦わなくちゃ。助けたいと思う男や女を、自分が助けなくちゃ!

この小説には、勇敢な女がふたり登場する。高麗遠征軍の女性士官と、NHK福岡放送局の女性アナウンサーだ。ふたりとも組織に所属しているが、自分の判断で勝手な行動をとる。やるべきことの優先順位がわかっていて、本能に忠実なのだ。女はもともと少数派であることに慣れており、腕力では男にかなわないことや、出世の限界を知っている。だから、現実的な判断をくだすことができる。

お母さんたちも、たくましい。
「これから福岡はどうなるのか、それはわからない。だがやらなければいけないことははっきりしている。今までと同じように、子どもを育てるのだ。食べさせ、風呂に入れ、服を着せ、幼稚園に送る」

一方、社会の多数派となることに成功した男たちは、庇護されることによって現実と向かい合うことを避けてきたため、いざという時にやるべきことがわからない。著者が着目するのは、多数派社会から脱落した凶悪な少年たちだ。住民票コードすら持たない「イシハラグループ」。著者は、チームという概念から最も遠い彼らにチームを組ませるのである。

少年たちに住居を提供している49歳の詩人イシハラは言う。
「暴走族は寂しくて、ただ愛に飢えているだけだ。お前らは違う。お前らは別に寂しくないし、愛が欲しいわけじゃない。愛も含めて、どんな社会的な約束事に対しても、そもそも最初から折り合いをつけられないんだ。だからお前らは誰にも好かれないが、誰にも騙されない。暴走族はすぐに多数派になびく。だがお前らは多数派のほうから拒絶されている。だからお前らは面白いんだ」

イシハラグループでは「趣味的」「おせっかい」などという言葉が嫌われる。彼らは単なる「マニア」や「おたく」ではなく、何かを模倣してその気分を味わうような洗練された希薄な趣味性や、表面的な共有感覚とはかけ離れた場所に孤立する存在なのだ。わけのわからない破壊への欲求を秘めた少年たちに可能性があるとしたら何か? それがこの小説のテーマだ。こういう少年たちと、北朝鮮という特殊な国から来たゲリラたち。ふたつのマイノリティを戦わせることで、多数派の思考停止状態と貧弱さをあぶり出す。ゲリラと正面から対決できるのは、社会から見捨てられたマイナーな少年たちだけなのである・・・という美しいおとぎ話だ。

「共有する感覚というのは静かなものなんだ、モリはそう思った。みんな一緒なんだと思い込むことでも、同じ行動をとることでもない。手をつなぎ合うことでもない。それは弱々しく頼りなく曖昧で今にも消えそうな光を、誰かとともに見つめることなのだ」

少年たちは、なんて繊細なんだろう。
そして、そんな彼らが生きのびるのは、もちろん簡単なことではない。

勇敢なふたりの女性は、自分が助けたいと思う男を、助けることができた。
助けてくれる女がいない男にとっては・・・つらい世の中だと思うのだ。

2005-05-23

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『天国への階段(上・下)』 白川道 / 幻冬舎

「俺様な男」は、ロマンチック。

「天国への階段」の新聞広告は、社長自らのこんなコメントが掲載されていたことで話題となった。

<小説は劇画やゲーム、映像より遥かに面白い>
眠ることもできず、食べることもできず、うなされるようにして読み切った。何という興奮。何と言う感動。何という愛おしい人間の生き方よ。買ってくれとは言わない。どんな形でもいい、読んで欲しい。「 小説とはこんなにも面白いものだったのだ」その感動をすべての人たちと分かち合いたいだけだ。
幻冬舎社長 見城 徹

魅力的なコピーだと思う。商品広告でありながら企業広告としても成立している。白川道のファンでなくとも、見城徹のファンならきっと、この本を手に取ってしまうだろう。彼はインタビューの中でこんなことを言っていた。

「オレみたいに今、世の中に少し出ている人間っていうのは、どれくらい心が引き裂かれているか。どれだけの人を踏み台にしてきているか。どれだけの人を押しのけて出てきているのか」
「成功者だと言われることは、いかに自分が醜く生きてきたことかってことと同じなんだよ。自分はそう思っている。だから自己嫌悪の塊ですよ」
(文学メルマ!「制度からこぼれ落ちていく固体の悲しみ」より)

「天国への階段」の主人公、柏木圭一は、まるで見城徹のようだ。いや「世の中に少し出ている人間」なら、多かれ少なかれ、柏木圭一と共通するような傷や復讐心やロマンを胸に秘めているのだろう。私はこの小説を、男の美学をひもとくミステリーとして読んだ。想像力や筆力の豊かさに引っ張られるというよりは、ビジネスの世界をディープに体験した男にしか書けないリアリティに引っ張られる。

想像力豊かなエンターテインメント作家が、繊細なディティールを積み重ねることで「ごく普通の人間がなぜ犯罪をおかすに至ったのか」を描くのだとすれば、この小説は対照的。登場人物は「犯罪に結びつくタイプの男」「犯罪に結びつかないタイプの男」「無垢な女」の3つに最初から分類できてしまうほどだ。マッチョでステレオタイプな成り上がり復讐劇ともいえるが、こういう男の目には、女や子供はかくも類型的な(ある意味で理想的な)存在として映るのだという説得力があり、面白く読めた。

男の美学は、最終的にどこに行き着くのか?理想郷はあるのか? 読後感は「ロマンチック!」のひとことである。男の愛や執念が何十年たっても変化しないという物語は美しく、癒される。対等な恋愛を望む女は、北川悦吏子のドラマを見るべきだと思うが、「俺様な男」を本当に理解したいと思ったら、こういう小説を読むべきかもしれない。

2001-04-28

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『君ならできる』 小出義雄 / 幻冬舎

疑似恋愛のパワー。

マラソンの高橋尚子をシドニーオリンピックで金メダルに導いた名監督の本。報道ではわからなかった彼の強い信念が伝わってくる。小出監督は、単なる飲んだくれのオヤジではなかったのだ!
 
女子チームを率いる仕事には相当な気配りが必要で、中でも「えこひいき」は厳禁だという。だが、小出監督は、選手がふてくされたときにも、タイミングを見定めて絶妙な言葉をかけ、彼女の顔をぱっと輝かすことができる。ふだんから「必ず口に出して」「本心から」「くりかえし」ほめることを忘れないし、試合に同行できないときは、深夜に国際電話をかけ、直前まで親身に指導する。しかも、こういうことを一人ひとりの選手のタイプや生理に合わせてやっているというのだから、驚異的なマメさである。
 
年の離れた恋人同士にも見える小出監督と高橋尚子だが、監督のアプローチは、まさに疑似恋愛モードだ。「こちらが誠意を示して一所懸命になれば、必ず相手も一所懸命になってくれる」「こっちが手を抜くと必ず相手も手を抜く」「可愛がってあげれば、必ず心が通じる」「彼女がどういう言葉を掛けたら喜んでくれ、何をいったら傷つくのかということを、あらかじめ把握しておくことが大切」- これらはコミュニケーション論であり恋愛論でもある。男性が読めば、意中の女性の落とし方がわかるだろう。
 
小出監督に巡り合えない普通の女たちは、どうやって自分の夢を実現すればいいのか?  素直であること。柔軟であること。冒険すること。楽しむこと。不安を感じなくなるまで練習すること。 要は「保守的な思い込みの呪縛から逃れること」に尽きると思う。恋愛をしていれば誰もが自然にできてしまうであろう、ごくシンプルなことだ。

2000-11-05

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2021年単行本ベスト10

●アンソーシャルディスタンス(金原ひとみ)新潮社
 
●テスカトリポカ(佐藤究)角川書店
 
●オーバーヒート(千葉雅也)新潮社
 
●神よ憐れみたまえ(小池真理子)新潮社
 
●本心(平野啓一郎)文藝春秋
 
●六人の嘘つきな大学生(浅倉秋成)KADOKAWA
 
●心淋し川(西條奈加)集英社
 
●緊急事態下の物語(金原ひとみ / 瀬戸夏子 他)河出書房新社
 
●パンデミック日記(新潮編集部)新潮社
 
●往復書簡 限界から始まる(上野千鶴子 / 鈴木涼美)幻冬舎

2021-12-30

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2019年文庫本ベスト10

●塩を食う女たち(藤本和子)岩波現代文庫

●活きる(余華/飯塚容)中公文庫

●青が破れる(町屋良平)河出文庫

●破天荒フェニックス(田中修治)幻冬舎文庫

●蠕動で渉れ、汚泥の川を(西村賢太)角川文庫

●トヨトミの野望(梶山三郎)小学館文庫

●脱出老人(水谷竹秀)小学館文庫

●どこへ転がっていくの、林檎ちゃん(レオ・ペルッツ/垂野創一郎)ちくま文庫

●メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭)創元推理文庫

●罪の声(塩田武士)講談社文庫

2019-12-30

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