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『 ライク・サムワン・イン・ラブ』アッバス・キアロスタミ(監督)

六本木の女子大生娼婦のように。

見たことのない映画だと思った。72才のイランの監督がここに行き着くとは。東京はこんなに面白い街だっけ? キアロスタミ監督は、イランでの映画制作が難しくなってきたため、前作『トスカーナの贋作』(2010)はイタリア中心に撮り、この作品は東京で撮ったのだという。

外国人の監督が、東京の新鮮な表情を引き出すのは珍しいことじゃないけれど、
https://www.lyricnet.jp/kurushiihodosuki/2008/08/18/848/
キアロスタミ監督は、東京のローカルでエキセントリックな本質を直感的に見抜いている。1993年、日本で最初に商業公開されたイラン映画として知られる『友だちのうちはどこ?』(1987)を見たときの衝撃に近い。単純なストーリー、少年の素朴な可愛さ、牧歌的な風景。イランの文化に、私は衝撃を受けたのだと思った。すべては遠い国のおとぎ話なのだと。

だけど、そうじゃなかった。この監督は、どこでだって斬新かつ揺るぎない映画が撮れる。徹底的に構築する部分と生っぽく見せる部分の配合が絶妙なのだ。今回も、演技のための演技をそぎおとすことで、人が毎日繰り返している<天然の社会的演技>を引き出し、説明的な映像を入れないことで、その場に居合わせたかのような<音の臨場感>を出し切ってしまった。

『友だちのうちはどこ?』は、少年が、間違って持ち帰ったノートを返すために友だちの家をさがす話だ。それだけなのにうまくいかない。大人はわかってくれない。
『ライク・サムワン・イン・ラブ』は、女子大生が、デートクラブのバイトと試験勉強をつつがなくこなそうとする話だ。それだけなのにうまくいかない。大人はわかってくれない。

デートクラブの客を斡旋する男はバイトを休ませてくれないし、祖母は勝手に東京に来て留守電を何度も残す。自動車整備工場を営む彼氏の機嫌も悪い。おまけに彼女は試験勉強で寝不足である。このような状況に理解を示そうとするのは、彼女のその日のクライアントである元大学教授の老人だけかもしれない。実際、彼女が老人にある程度救われるのは確かなのだけど、やっぱり、うざい。でも、肉親である祖母に会うのは、もっと煩わしい。不機嫌な彼氏に拘束されるのは、さらにコワイ。彼女が確保したいのは、要するに睡眠と大学の単位とバイト代である。なんて普通な話なんだ?

女子大生であり風俗嬢であり誰かの孫である彼女は、とりあえずできることを一生懸命やっているという意味で、ごく自然である。元大学教授であり偽愛人であり偽祖父である老人は、ウソをついているため、常に取り繕いながらおろおろしているのがダサイ。しかし、この二人には、少なくとも役割を演じ分ける人生への理解がある。ただ一人、整備工場を営む彼氏だけが、そういう面倒なことを理解できない直情型の熱い男なのである。
悪い人は出てこない。みんな普通の人。全員が<普通に悪い>というだけで、このスリル。銃を使わなくても成立する暴力映画。

彼女が、いろんな人に似ているという設定が強い印象を残す。いろんな人に似ているということは、まだ、誰でもないということだ。
私もかつて、毎日のように誰かに似ていると言われた日々があった。同じ人に似ていると言われることは少なくて、どうして皆、適当なことを言うんだろうと思っていた。適当なのは自分のほうだったかもしれない。

キアロスタミ監督は言う。「最初のきっかけはもう17,18年前のことで、わたしが東京を訪れたときに観た光景に端を発しています(中略)夜遅く、六本木の路上でウエディング・ドレスを着てひとりで立っている女性を見かけたのです。それで一緒にいたガイドの方に、なぜ彼女はひとりでいるのか、と訊いたところその人は、『本当の花嫁ではなく娼婦なのです。といってもプロの娼婦ではなく、学生がアルバイトでやっているものでしょう』と答えたのです」

遠い国のイノセントな映画監督だと思っていた人に、毎日六本木通りを通過していても何も見ていないのかもしれない自分のようなぼーっとした人間が、ある日いきなり平手打ちをくらわされる人生は奇跡だ。

映画の後に行った居酒屋もタクシーも、映画に染まっていた。こっちが本物なのに! 別の世界に迷い込んだような浮遊感はなかなか抜けず、その夜、映画の話はとまらなかった。

西川美和の最新作『夢売るふたり』(2012)は、女の大変さをテーマにした、重い内容の映画だった。多くの問題が詰め込まれた原石のような1本で、ここから今後、いくつもの映画が生まれる予感がした。そう、そのうちの1本が、たぶん『ライク・サムワン・イン・ラブ』の続編みたいになるだろう。日本の若い女性監督には、キアロスタミ以上の期待をかけたい。

2012-09-26

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『10話』 アッバス・キアロスタミ(監督) /

これは、ドキュメンタリーじゃない。

女がテヘランの街を車で走り、固定されたデジタル・ビデオが車内を撮影する。監督やスタッフは同乗していない。嘘みたいにシンプルな手法の「隠し撮り風映画」だ。

彼女の息子、姉、老女、娼婦らが助手席に乗り込み、会話を交わす。「10話」から始まるからラストが「1話」。カウントダウンによって期待が高まり、オチもあるから、ちっともドキュメンタリーらしくはない。手法に関しては究極のミニマリズムなのに、監督の意図がムンムンだ。

息子を除き、助手席に座るのはすべて女。しかもほとんどが「うまくいっていない女」。彼女自身は、アートなお仕事をするバツイチの自立した美人である。

これがイランの現実?そうなのかもしれない。だけど、もっと何かあるはずでしょう、日本の女が驚くようなきらめく細部が。この映画に登場するのは、オーソドックスな話ばかりなのだ。女は失恋するとなかなか立ち直れなかったり、髪を剃っちゃったり、娼婦になっちゃったり・・・驚きがないのがこの映画の驚きで、上から見下したようなおやじっぽい視線を、主役の彼女に代弁させている感じが不快。ゴダールみたいに監督自身がぐちぐち説教する映画のほうがタチがいい。

救いは、彼女の息子が10話中4話に登場すること。彼の元気な表情が映ると、それだけでほっとする。母との会話にうんざりして外に飛び出しちゃったりする彼だが、実のところ、この映画の説教くささに耐えられないのだと思う。それを素直に暴いてしまう唯一の存在。結果的にこの映画は、子供の使い方が圧倒的にうまいキアロスタミらしい作品になっているし、やたらと作り込みの目立つイラン映画らしい作品でもある。

さて、私はその後、ドキュメンタリーのお手本のような映画を見てしまった。フレデリック・ワイズマン「DV―ドメスティック・バイオレンス」である。夫の暴力に耐えかねた女が駆け込むDV保護施設を中心にカメラが回され、演出も脚本もナレーションもない。必要な情報はすべて自然な形で語られる。職員も被害者も真剣だ。被害者の女たちが、カメラを気にせずに語るなんてありえないだろうと普通は思うし、撮影許可が下りないだろうとも想像する。でも、できるのだ。

「私は普通の体験をドキュメントすることに興味がある。家庭内暴力がありふれた人間の行動である以上、映画の題材にふさわしいと思った」とワイズマンは言う。そこには感動も共感も押し付けがましさもなく、自分の存在を消すことのセンスが際立つ。重要なのは、監督が現場から消えることではなく、いながらにして存在感を消すこと…。

ワイズマンは、山形ドキュメンタリー映画祭の機関誌「documentary box」で、アメリカの国道1号線をひたすら南下する至高のドキュメンタリーロードムービー「ルート1」を撮った故ロバート・クレーマーと対談している。「我々は見えない存在になりたいんだ」とクレーマーが言い、ワイズマンが「その通りだ」と頷く。

そしてこうも言う。「できあがった結果に何らかの意味で自分でも驚くことがなければ、映画を作る意味なんてないと思うね。そうでなければ、結果がどうなるか最初からよく分かっていることのために1年も費やすことになる」

●「10話」(アッバス・キアロスタミ)
2002年/フランス・イラン/94分/ユーロスペースで上映中
●「DV―ドメスティック・バイオレンス」(フレデリック・ワイズマン)
2001年/アメリカ/195分/アテネフランセで上映中
●「ルート1」(ロバート・クレーマー)
1989年/USAフランス/255分/アテネフランセで上映中

2003-09-09

amazon 10話 (パンフレット) amazon ルート1

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●ライク・サムワン・イン・ラブ(アッバス・キアロスタミ)

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●レイトオータム(キム・テヨン)

●愛の残像(フィリップ・ガレル)

●灼熱の肌(フィリップ・ガレル)

●僕等がいた 前篇・後篇(三木孝浩)

●果てなき路(モンテ・ヘルマン)

●シャッラ / いいから!(フランチェスコ・ブルーニ)

●踊る大捜査線 THE FINAL 新たな希望(本広克行)

2012-12-30

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●八日目の蝉(成島出)

●ゴモラ(マッテオ・ガッローネ)

●東京公園(青山真治)

●SOMEWHERE(ソフィア・コッポラ)

●モテキ(大根仁)

●パラダイス・キス(新城毅彦)

●トスカーナの贋作(アッバス・キアロスタミ)スタミ)

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●PJ20 パール・ジャム トゥエンティ(キャメロン・クロウ)

2011-12-28