疲れた男たちを通わせる、究極のサービスとは?
歯科医や眼科には、できれば行きたくない。苦痛のイメージが強いからだ。
でも、耳鼻科になら通ってもいいかなと思う。
中耳炎になり、耳を洗浄してもらったことがある。その医者のテクニックはすごくて、こんなに気持ちいいことがあるのか、と衝撃を受けた。だけど、私はその耳鼻科に通うことはなかった。だって、中耳炎はすぐ治っちゃったから。医者というのはエステやマッサージじゃないんだから、もう大丈夫ですよといわれれば通う理由がない。むしろ出入り禁止である。
しかし、もはやそのことを嘆く必要はない。耳鼻科のいいとこ取りのようなサービスが受けられるサロン「レスプランディール ドゥ ボヌール」が6月末、南青山にオープンしたのだ。ヘアカット、ネイル、メイク、メンズエステスパ、レディースエステスパなどを提供するトータルビューティサロンだが、最大の売りは「イヤークリーンコース(耳そうじ)8,400」。なぜなら、この店のオーナーは、本書の著者である「日本一指名の多い女性理容師」高橋光さんなのだから。
彼女は、床屋さんでの下積みを経て、世界各地のエステサロンを訪ね、理容師だけが与えることのできる究極の癒しを研究。ホテルセンチュリーハイアットの理容室「デボネール」の店主となり、フォーシーズンズホテルの理容室の店長も兼任。2001年に発行された本書の帯コピーは、長年の顧客である村上龍が書いている。
男の楽園、理容室での究極のサービスが、いよいよ女性にも開放されたのである。耳鼻科医は耳の洗浄ができるが、耳のうぶ毛剃りが許されているのは国家資格をもった理容師だけ。私はさっそく70分のイヤークリーンコースを体験したみたが、うーん、この快感は音楽に似ているなと思った。リズムと音と温度のハーモニー。冷たい飲み物を飲みながら、好きな音をipodで聴けば、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶのと同じ。快楽の源泉が、ダイレクトに脳に流れこむのだ。
熱い蒸しタオル、シャリシャリという音がくすぐったい耳のうぶ毛剃り、何をどうされているのかほとんどわからない耳かき、やわらかい羽毛のぼん天、シュワシュワとはじける発泡ローション・・・他にもいろいろあったと思うが、ベッドに仰向けだから、ほとんど熟睡状態。冷たい飲み物が前後にサービスされ、1階のヘアサロンでブロー&セットしてもらえたのが嬉しかった。
本書を読むと、サービスする側の思いがわかり、さらに驚く。「わざと痒さを残すように、ときには痒さを増すように耳掻きを動かしていきます」とか、「鼓膜のすぐ手前の部分が、実に四肢がのけ反るほどのエクスタシーに達することができる、たったひとつの場所なのです」とか。彼女のテクニックで、失禁する人もいるというのだ。
手書きのDMを書かない理由、やきもちを焼くおじさまへの対処法、極道のお客さまとの交流、ホテルの部屋に連れ込まれたときにどうするか、「僕はもう長くないんだよ」と言われたときの切り返し方など、営業テクも満載。80代なのに青年のように若々しい宗教団体の教祖から、理容室の椅子で眠ったまま脳溢血で死んじゃった人まで、そこに通う男たちのエピソードを読んでいると、まるで銀座のママの話を聞いているみたい。要は、とっても古風なのである。
最大の山場は、金銭がらみで男に騙されるくだりだろう。「騙されることで人を癒すこともできる」と言い切る楽観的プロフェッショナリズムは、ぜったい真似できません。
2005-08-12
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