2001年 の投稿一覧

『心とは何か – 心的現象論入門』 吉本隆明 / 弓立社

助けてくれ!

アメリカの映画専門ケーブル局は、テロの当日こそニュースを放映していたが、2日目からは揃いも揃って戦争映画ばかり放映しているという。NYで仕事をしている友人は「行く先は不安だらけ」とショックを顕わにしながらも「現実から逃避したい」と言い、最近ビデオで見たらしい「バトル・ロワイアル」「はなればなれに」の感想を楽しそうに語ってくれた。励まそうなどと不遜なことを考えていた私のほうが元気づけられるありさまだ。

今朝の朝日新聞に「公園で2歳の息子を遊ばせている間に、乳母車のポップコーンをホームレスに漁られた」というような投稿があった。「何十年か前、彼もだれかの大切な赤ちゃんだったのにと思うと、なぜか涙がこぼれた」という彼女は、ポップコーンの残りをホームレスに与えるのだが、その男、彼女の息子に比べて本当に不幸だといえるのか? 感傷に浸っている場合ではない。憂慮すべきは2歳の子供の将来だ!

こんなことを思ったのは、本書に収録された講演録のひとつ「異常の分散―母の物語」を読んだ直後だったから。個人の精神の発達史において、0歳から2歳までの乳児期と、幼児期をすぎて思春期にいたるまでの2つの期間が「不可解」であり、「この時期なしに精神の病はありえない」らしい。精神の病は、母親の物語と深く関わっており、授乳のしかたは乳児にとって決定的な意味をもつ。「本当は子どもを産みたくなかった」「夫が憎い」というような気持ちが深刻な形で続けば、実存的な影響が生涯にわたって及ぶというのである。

吉本隆明は、ジャン=ジャック・ルソー、三島由紀夫、太宰治、分裂病女児ジェーンの4人の生い立ちを例にとり、実存的な解釈を試みる。三島由紀夫は、ひどい育てられ方を意志の力で超えようとし、世界的な作家になったものの「老いにいたる前のところで、やっぱりじぶんで死んじゃうことになった」し、偉大な思想家であるルソーも「じぶんの生涯は不幸だった」と述懐する。彼らの功績は奇跡にすぎず、ほとんどの不幸はそれを超えることができないのだという記述は鋭く、「実存の不幸というものは、そんなことには代えられないほど重要なことのようにぼくにはおもわれます」と著者はいう。

人間は、母親の物語に深刻に追いつめられた場合、回避、常同、作為、妄想、幻覚といった「異常の分散」によって克服しようとするらしい。著者は、自身の語り方の中にある「異常の分散」のパターンについてこう語る。

「ぼくなんかも、今しゃべった話を速記か何かで見ると、なんてくどくどと同じことをいってんだっていうくらいうんざりする常同的振舞いや言葉があります。(中略)本音をいうと、どうやって振舞っていいのかとか、どういう言葉を使ったらいいのか判らないけど、本当は簡単で『助けてくれ』っていってるわけです。助けてくれといいたいんだけど、助けてくれという言葉はいえなくて、常同的な振る舞いとか、常同的な言葉をいっている。しかし、本当は何をいいたいのか。要するに、『助けてくれ』っていいたいんだ。あるいは、『もう地獄だよ』ってことをいいたいんだ。しかし、常同的な言葉や振る舞いでしかいえない。そういうばあいには、たぶん母親の物語の中に枠組みがなかったとはいえないまでも、枠組みがとても不安定だった。それがある期間持続した。そう物語的にいえば対応関係がつくようにぼくにはおもわれます」

助けてくれ、と皆が言っているような気がしてくる。私も毎日、それだけを言い続けているのかもしれない。
人間のあらゆる行為が「異常の分散」に見えてくる。

2001-09-15

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『母は松田聖子、私は女優14歳』 SAYAKA / 文芸春秋10月号

14歳の文章に学ぶ。

日曜の深夜、セブンイレブンで月曜売りの文芸春秋を見つけた。 コンビニに文芸春秋? なんか、似合わない感じ。目次を見ると、松田聖子の一人娘、SAYAKAの文章が掲載されていた。

彼女が主演し、カンヌ映画祭で短編部門のパルムドールを受賞した「BEAN CAKE(おはぎ)」のこと、ロスの日本人学校のこと、オーディションを受けた理由、撮影中のエピソード、CMデビューの話などが7ページにわたって綴られる。母親については、超素敵で超カッコいい、何でも話せてわかりあえる親友のようなママであると大絶賛。オーディションの際も、親身に協力してくれた母だが、演技指導は一言もなかったという。

「私が松田聖子の娘として生きているぶん、母が作りあげた”SAYAKA”にしたくなかったのではないかと思う」
「母をただ外から眺めているだけでも、芸能界で仕事をしていくことの大変さが伝わってくる。外側から見える華やかさ、そして内側に秘めている地道に続けて来た数々の努力、沢山のつらいこと。何か少しでも動けば、それが全国の人に知れ渡ってしまうプライバシーのなさ」
「おそらく母は、芸能界に入って、普通に暮らしていればしなくても良い苦労や痛みを私に経験させたくなかったんだと思う。デビューした今、母に守られていると実感する」

この文が、純粋に彼女によって書かれたものであるなら、彼女は母親以上に周囲に気を遣い、愛想をふりまくことのできる天性の「ぶりっこ」なのかもしれない。文末にしばしば使われる(←笑)という記号にも、それが現れていると思った。 私は、メールなどで(笑)を使わないで済ませる方法をいつも考えているのだが、うまくいかない。代案として(←笑)はちょっと新鮮だ。矢印を入れることで、文章と距離ができるような気がする。しばらく(←笑)を使ってみようかな。そうすれば、(笑)もそのうち自然にやめられるかもしれない。

中学生の女の子が発する生の言葉といえば、「ラヴ&ファイト」(新潮社)だろう。雑誌「ニコラ」の読者ページに寄せられた手紙を編集した本で、「我マンしちゃ×だよ!!がんばれ→」というような勢いのある文章が並び、彼女たちの悩みの純粋さと、それに対する励ましの一途さが、ダイレクトに胸を打つ。

たとえば、クラスの男の子に更衣室で乱暴され、それを訴えた友人達にも裏切られ、親にもいえず、先生も聞いてくれないという14歳の「HELP ME」さんの悲痛な叫び。そして、それにこたえるいくつもの手紙がある。そのひとつである14歳の「ドラえもん」さんの言葉。

「ひどい!ひどすぎるよ。それにクラスの人もひどい事言うんですね!キズついたのは『HELP ME』さんでしょ?だったらなぐさめたり、もし知ってても知らないフリをしてあげるべきだと思います。でも、死んじゃだめ!私も昔何度も思った。でも悪いのは、あなたじゃない!E君でしょ!!だからだめ!それからその学校の先生!相談に乗ってあげてよ!なんで聞いてあげないの?それでも先生なんですか?もうこうなったらきちんと親に話して、校長先生やPTAの人などにうったえて、なんとかしてもらおう!このままじゃなにも変わらないと思うよ!Fight!!」

SAYAKAに学び、ドラえもんに励まされる。いろんな14歳がいるなと思う。

2001-09-11

『路地へ 中上健次の残したフィルム』 青山真治(監督) /

言葉より前に、風景がある。

ユーロスペースの狭いロビーの隅に、エキゾチックな雰囲気の女性が佇んでいる。中上健次の長女で、作家の中上紀だとすぐに気づいた。「路地へ」の上映後、彼女と堀江敏幸のトークショーがおこなわれるという。ラッキー。

地味な印象の男(紀州出身の映像作家、井土紀州)が運転する地味な印象の国産車。その後部座席から撮った映像が延々と続き、ただひたすらクルマが走るだけで、十分に面白い映画ができるんだなってことがわかる。ダム工事だけを撮ったゴダールの「コンクリート作戦」もそうだけど、まさに映画の原点。「路地へ」の場合、あとから音楽をつけていたのがちょっと残念。エンジン音のみのほうが気分が盛り上がったのに。

ほぼ同様のルートを走ったことがあるので、映像による追体験はとても楽しかった。中上紀によると、父親の生前、毎年家族で帰省していたのと全く同じルートだという。

クルマを降りた井土紀州は、中上健次の小説の断片をさまざまな場所で朗読する(中上紀は、紀州弁の朗読を素晴らしいと誉めた)。 そして、ときおり挿入される色の濃い映像が「中上健次の残したフィルム」だ。かつての路地の輪郭は、井土紀州が立つ現代の白っぽく抜けのある風景とは対照的で、被差別部落と呼ばれた場所が本当に失われてしまったのだということが伝わってくる。

中上健次は、空をほとんど撮らず、路地の隅々を記録している。そこに宿っているもの、たまっているものを捉えようとする強烈な意志。人間は、自分がいま生きていることを実感したい時には空を見るが、確かに自分がそこにいたのだという事実を記憶にとどめたい時には地面の隅っこを凝視するのではないか ― そんなことを考えた。駄菓子屋、トラック、蓋をされた井戸、おしゃべりなおばあさん、自転車に乗る子供、カラフルな傘をさす人、干してある布団・・・そこに映る汚れや淀みのようなものまでが美しく見える。

「そのアホな人から始まった路地が、道の鬱血のようなところだったと思った。鬱血した道であろうと、太い流れのよい動脈であろうと、道である事に変りはない。道の果てはどうなっているのだろうかと考えた」(「日輪の翼」より)

ラストシーンの海を見て、「海へ」という初期の短編を読み直してみようと思った。吐き気に耐えながら海辺の城下町のバスにゆられ、途中で降り、海へと歩き、海と一体化する話。意味よりも映像がくっきりと浮かんだ。映画を観たせいだろう。

「言葉(それは禁句だった)が口唇の先で映像に還元される」 (「海へ」より)

トークショーでは、岐阜が故郷だという堀江敏幸がチャーミングな感想を述べ、それに呼応する形で、中上紀が、トンネルや橋にさしかかる時には必ず皆が興奮して大騒ぎになったという家族のエピソードなどを披露してくれた。彼女は、そこを通るたびに自分がゼロになって生まれ変わるような気がしたそうで、映画にはその辺がちゃんと表現されているという。ある作家をテーマにした作品の細部が、彼の娘によって、ひとつひとつ承認されていく。まるで映画に生命が吹き込まれるみたいに。

父のおもかげを残しながらも、まったく別の時代の、別の空間を、別の感覚で生きているように見える彼女が、「自分の中に既にある幼いころの記憶の意味がわかってきた」というようなことを言い、やわらかく微笑んだ。これは、一人の女性に認められた幸福な映画だ。

*東京・渋谷 ユーロスペースでレイトショー上映中(64分)

2001-08-30

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『映画突破伝』 江戸木純/叶井俊太郎 / 洋泉社

愛は、タブーをつきぬける。

ギャガ・コミュニケーションズを経てエデンを設立した映画評論家の江戸木純と、アルバトロス・フィルムのプロデューサーである叶井俊太郎。本書は共に1960年代生まれ(つまり働き盛り)の2人のトークだ。深夜にお茶かお酒を飲みながら、だらだらずーっと聞いていたいような掛け合いだが、明け方ソファに寝転んで頁をめくりはじめたら異様におかしくて、ゲラゲラ笑いながらあっという間に読んでしまった。

叶井にとっては、会社を首になるほどやばい話であるが、 映画好きの甘い幻想を打ち砕くバクチ的な業界事情は、目からウロコのアナザー・ビュー。実話とギャグの境界線上に、捨て身の格闘ロマンがたちのぼる。

江戸木はギャガ時代、ビデオ作品の邦題を決めてコピーを書き、チラシ裏の解説を書き、ビジュアルの指示をする作業を月に15本もやっていた。しかも「映画史にまったく残らないようなものばかり」で「わざわざそんな映画を観なきゃいけないんだから、だんだん頭がおかしくなってきてね」と。時には何も観ないでドキドキしながらストーリーを書いたそう。

叶井は社運をかけた「アシュラ」を渋谷で公開中、劇場に客が一人もこない回というのを経験する。観客動員数のファックスに「ゼロ」とあったのが信じられなかった彼は「ゼロって何?渋谷には人がたくさんいるのに!」と叫ぶ。 劇場では、遅れてくる人のために1時間だけフィルムを回すそうなのだが・・・。

逆に、宣伝費をかけないのにヒットした例もある。「肉屋」という映画がそれで、タイトルに妙に反応したスポーツ紙や週刊誌が勝手に取り上げてくれ、「お願い、肉屋さん。私の熟肉(おにく)を荒々しくさばいて…」のコピーに反応したシニア層が殺到したという。「郵便屋」も同様にヒット中のようだが、アルバトロスの最新配給作品は来年公開予定の「アメリ」。これは本国フランスで大ヒットした正統派で、社員によると「この会社にいて初めて良かったと思えた」とのこと。いい話だ。

「賞が取れなくても、映画はヒットしたほうが偉いんだよ」と江戸木はいう。「観客がいちばん偉いという考え方が、日本では欠落している」とも。たしかに映画を作ることのほうが上で、配給や宣伝は下という考えはおかしいかも。「映画って、そんなに格調高いものじゃないよ。ウソだと思うなら、アルバトロスの作品を観てくれって(笑)」という叶井は、トロント映画祭で、ある日本映画を観た際に「最悪ですね。寝ちゃいましたよ」と正直に配給の人に言ったところ、プロデューサーが隣にいて会場を追い出されたという。

江戸木「ふつう、つまんなきゃ寝るよね。それって、バスがタラタラ走る映画じゃない?」
叶井 「当たり(笑)。いやぁ、恐かったよね。マジでビビったよ」

これって、どう考えても青山真治の「ユリイカ」じゃん! 自社配給の映画は嘘をついてまで宣伝するが、好みではない他社の映画には一切コビを売らない姿勢が、すがすがしい。

江戸木「僕は、上映後にお客さんが出てくる時の雰囲気がとても好きだな。『ムトゥ 踊るマハラジャ』は、みんながニコニコして出てきてくれて、それは非常に忘れがたい思い出になったよね」
叶井 「それは、この仕事をしていて、いちばん幸せな瞬間だから」

どんな業界にも暴露話はある。「会社に関わる人間はひたすら真面目に仕事をしている」なんて信じてるウブなお客様は今どき皆無だろう。 私たちは、不真面目で愛おしいオシゴトの中で一体何ができるのか? 何のためにオシゴトをするのか? あらゆる考察や革命は、本音で語ることから始まると思う。

2001-08-27

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『レクイエム・フォー・ドリーム』 ダーレン・アロノフスキー(監督) /

恋愛は、クスリより輝けるか?

いい映画は、体に刻まれた記憶のようだ。
まるで自分の体験みたいに、懐かしく思い返すことができる。

「レクイエム・フォー・ドリーム」を見終わった後、頭が痛くなった。ヒップホップ・モンタージュと名づけられた神経症的な薬物使用シーンが何度も繰り返されるせいか、自分までヤク中にさせられちゃったような気分になるのだ。

主人公のハリー(ジャレッド・レト)と、彼の恋人マリオン(ジェニファー・コネリ)、彼の母親サラ(エレン・バースティン)、彼の友人タイロン(マーロン・ウェイアンズ)の4人が際限なく墜ちていく様子が描かれる。クスリに依存すれば、ここまで悲惨なことになるのだということを徹底して追及した作品。彼らが依存しているのは表面上はクスリだが、実は愛情だったりするものだから、その根は深い。

図らずも、数日後に私が思い返したのは、美しいシーンばかりだった。ストーリーの枠組みを超える俳優たちの存在は大きい。彼らは苦しみ、狂気に陥り、本当にやつれたりするが、それでもなお魅力的だ。最もインパクトのあるのは後半の母親で、最も身につまされるのは、ごく普通の恋人どうしである前半のハリーとマリオン。恋愛は退屈な日常をドラスチックに変え、しらふの2人を昂揚させる。一緒にいれば何とかなるんじゃないかという甘い期待に依存しあう無力な2人。恋愛の初期スパートは、それだけで薬物と同様の効果をもつのだ。

それでは、恋愛の純粋な昂揚感は、一体いつ失われるのだろう。相手を知り、慣れ親しむことがなぜ、エゴをむきだしにしたり嘘をついたり倦怠を感じたりすることにつながるのだろう。どこで何が狂うのか。

そんな不安を先延ばしにしてくれるのがクスリだ。永遠に続くかと思われる昂揚感。全能感。幻覚。幻聴。それは、自分の限界を認めることへのささやかな抵抗であり、普通だったらあきらめるような事柄に根拠のない自信を抱くための手段である。しかし、ダメなものはダメで、かような恋愛はいずれ破綻へと向かうはずなのだが、この映画は、恋愛のラスト・スパートとでもいうべき可能性の片鱗を見せてくれる。

ハリーからの最後の長距離電話に「今日、帰ってきて」というマリオン。「きっと帰る」とこたえるハリー。2人とも、無理だとわかっているのに交わすウソの会話。だが、2人の言葉は圧倒的に真実だ。だって、恋愛において重要なのは、今すぐ会う、ということに尽きるのだもの。たとえ会えなくても、そういうシンプルな気持ちを表現すること。それ以外に恋人どうしが伝え合うべきことなんてあるのだろうか?

もちろんハリーは帰れず、2人はさらなる地獄を見ることになるのだけれど、魂を射貫くような電話のシーンのおかげで、彼らはこのままでは終わらない、と信じたくなった。

*2000年アメリカ映画/北海道・東京・愛知・京都・兵庫・広島・福岡で上映中

2001-08-17

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